安彦良和作品ガイド


ナムジ -大國主-
古事記伝巻之一

安彦良和 (著)

初出 ・徳間書店/書き下ろし刊行
ナムジ

ナムジ―大国主 (1)
中公文庫―コミック版


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ジャンル
キーワード
・古事記
・古代ロマン&ファンタジー
・アクション
・LOVE
・成り上がり
オススメ度 ★★★★★
出版データ詳細 出版データ詳細徳間書店/書き下ろしハードカバー版
出版データ詳細徳間書店/アニメージュコミックスオリジナル
出版データ詳細中央公論新社/中公文庫コミック版
出版データ詳細中央公論新社/ChukoコミックLiteシリーズ
出版データ詳細角川書店/完全版


●2003/6月現在、中央公論新社よりコンビニ版「ナムジ」が刊行されています。中央公論からはまだ文庫版も販売されていますので、ちょっとビックリしました。ガンダムエース創刊時の「ORIGIN」ブームも終息というか、一服感が漂っているこの頃ですが、この時期に来て、各出版社から雨後の竹の子のように安彦関連の書物・商品がバージョン(文庫化/コンビニ版/愛蔵版化)を変えて再販・再録(昔の付録類)・復刻されており、静かな小波のように「第二次安彦ブーム」が発生しているようです。(TOPの関連NEWSも怒涛のように増えてるでしょう?)

この、ほんの小さな波(商機)すら見逃さない各社の商魂たくましすぎる姿にかなり怖いモノを感じますが、安彦関連商品を手に取る機会が増えるのは、ファンとして嬉しい限り。しかし、それらの商品群を一人で買い集めるには正直、資金的にキツイですね。なんかカモられているというか、絞り取られてるカンジ。ただ、このブーム?に乗って香川雅彦氏あたりが安彦作品のミニヴィネットを製作してくれまいかと、ふと考えてしまったり(安彦作品の知名度から考えると売れそうも無いだろうケド・・・250円位でコアなマニア向けということで・・・駄目っスか?)

・・・おっと、話が本題からずれてしましましたね。ミニヴィネットの話はさておき(笑)、「ナムジ」は、1989年に書き下ろしで執筆され(安彦氏のコミックとしてはこれが初の描き下ろし作品になります)、翌1990年に第19回日本漫画家協会・優秀賞を受賞しました。まさに安彦氏の漫画家としてのターニングポイント的作品でもあります。

そもそも、安彦氏の「ナムジ」執筆に至るきっかけは、氏がたまたまTVで見た「出雲国譲りの神事」にありました。氏はなぜ「征服」ではなく「譲り」なのか?という疑問から(確かに国を「譲る」という表現は普通ありえないですよね)、日本古代史に興味が湧き始めたらしい。当時、巷では藤ノ木、吉野ヶ里といった大きな遺跡発掘で、いわゆる古代史ブーム?のようなものがあり、それに呼応するかのように、「古事記」執筆の声が安彦氏にかかったのだった。

また、安彦氏はそれに先立ち、「ヴィナス戦記」製作現場近くの古本屋にフラリと立ち寄った際、原田常治著「古代日本正史」「上代日本正史」(巷ではトンデモ本と呼ばれていますが)という2冊の本に運命的に巡り合っている。本の内容は学究的なものではなく、古神社をめぐっての雑文のようなものらしい(スイマセン読んだこと無いんで俺も知りません・・・)。そのため、古代史関係者には、かなり軽視されているようだが(HP検索しても批判多いですね)、安彦氏には多大な影響を与えたようだ。まるで安彦氏に「ナムジ」を描かせる為、「見えざる力」がタイミングを計って導いているかのようにも思えて面白い。



【古事記について】

さて、「古事記」は最古の歴史書とされているが、内容的には、世界各地の伝承を寄せ集めたような神代の話が豊富に描かれている。しかし、史書を作ることを指示した権力者の意図と、史実を書き残す使命を帯びた編纂者との軋轢が災いしたのか、物語が進んでいくにつれやがて矛盾だらけで辻褄が合わなくなり、破綻をきたしてしまう。当時の権力者たちもこれではマズイと思ったのか、後により格調と整合性と学術的価値を求めて再編成させ、「日本書紀」を編纂している。しかし結局のところ、その日本書紀も(原田氏にいわせると)三分の二が嘘とまで言われている始末だ。

安彦氏曰く、古代日本史は実は判らないことだらけだそうだ(いや、実際判ってないわけだけど)。遺跡は数多く各地に点在しているが、邪馬台国の位置も(近年でこそ九州説が有力なものの)判然としていない。失われた日本古代史、その原因の一つは過去の戦争時代にまで遡ることになる。選民思想の背景となった「記紀」はその罪の大きさから戦後一変して学校で教えられることも無くなり、時代の狭間に埋もれてしまっている。

しかし、A級戦犯並みの扱いだった「古事記」「日本書紀」も近年には見直され始めている。両書は歴史的事実を時の権力者の影響を受けながら、大きく脚色され生まれたもの。こうした創られた物語の中に見え隠れする歴史の事実を紐解いていくには、意外とフィクションの手法や観点が有効なのではないかと、氏は考えたようだ。「古事記」の謎と矛盾に満ちた物語、そして原田氏の遺した2冊の本をもとに、安彦氏独自の考えを加え、新たな古代ロマンを描いたのがこの「ナムジ」というわけだ。



【登場人物について】

「古事記」には数多くのキャラクター達が登場するが、なぜ安彦氏は「大国主」を主人公に選んだのだろうか? 普通に考えれ知名度の高い、英雄「スサノオ」を主人公にしそうなものだ。では、大国主とはどのような人物だったのだろう?

原作の大国主は、たくさんの兄弟神(八十神という)もちで、その兄弟がみな稲羽の八上比売(ヤガミヒメ)にプロポーズします。しかし、八上比売に選ばれたのは大国主。兄弟神たちは嫉妬に怒り狂い大国主を殺してしまいます。そう、いともアッサリ大国主は死んじゃうんですね。その後、大国主は母女神からの遣いにより蘇りますが、八十神達がなおもしつこく追いまわし何度か殺されてはまた蘇りを繰り返します。大国主はスサノオのところに逃げ込み、そこでスサノオの娘スセリと出会い、速攻恋に落ちます(笑) スサノオはそれを察して大国主にいくつかの試練を与えますが、スセリの助けもあって大国主はそれをクリアし、スセリとともにスサノオから逃げ出すことに成功するのでした。

超簡単な説明ですが、このように、大国主は周囲の人に助けられながら生き延びる、結構情けない優男なのですが、この主人公らしからぬキャラクターが安彦好みだったのかも知れませんね。安彦作品にはそういうタイプの主人公が多いですし。



【んで、本題】

はてさて、かなり前説が長々となってしまいました、本題の「ナムジ」についてです。安彦版ナムジは、原作の設定スサノオの孫(7世孫)としてではなく、シケ船で日本にたどり着いた異人・孤児として描かれています。ナムジは幼少の頃から異人(異分子)として見られる「差別」「いじめ」、村人からの「冷遇」、権力者からの「暴力」「不平等」「支配」を体験し、こうした「力」を持つものを嫌悪し、逆にそれらを見返す為に、彼はなりふり構わず成り上がろうとします。

周りの助けや運でもってナムジは数々の試練を乗り越え、ついには「権力」を振るう側に立つことができます。しかし、「力」を得た彼のしたことは、自らが嫌悪していたはずの支配者たちと変わらぬ行いだったのです。ナムジは事業の失敗で挫折するのと同時に、そのことに気づきます。

その後、ナムジは「ヒルコ」と出会い転機を迎えます。彼の助言を受けながら自ら汗を流し、人々の先頭に立って国造りをする姿に、民衆もやがてナムジを認めていくことになります。こうした試練を乗り越えて人間が成長していく姿を描く物語は、今までの安彦作品には無かったように思われます。同時期に執筆された「鋼馬章伝」もナムジに近いシチュエーションですが、このニ作品については(私見ですが)兄弟作品と考えています。

「努力・友情・勝利」という、まるで週刊ジャンプの三大原則のようなテーマがハマリ、多くの読者は中盤まで楽しめるでしょう。しかし、後半物語が大きく転じるとき、好き・嫌いがが大きく分かれるかも知れません。後半のナムジは文字通り全てを奪われ、心の拠りどころを失います。今まで築き上げて手に入れてきたものが壊れ、果ては韓国へと大望を望んでいたはずの自分が、実はただ虚栄心が強いだけの、無力でちっぽけな存在だと思い知らされ、身も心も打ちのめされます。

やがて彼は、幼いタギリと出会い彼女の優しさに癒されることになりますが、無常にも時間は流れ、ナムジも年老いた、ただのオヤジになってしまいました。後半のナムジはその後、元妻スセリと別れないまま、歳の離れた若い娘と再婚(重婚)し、再会したスセリに死ね!となじられ、更に実の息子にオヤジ狩りされそうになって逃げ出したりと、現代のオヤジにも通じる情けない男になってしまうのですが、個人的にはこのあたりのエピソードが人間臭いというか、人生の悲哀を感じさせて良いなあと思うのだけど、多くの人は、「エ~、こんな主人公カコワル~」となってしまうんだろうな。

物語の結末は一応のけりがつくのだけど、この物語は巻之ニ「神武」へと受け継がれていきます。この物語を読むならば、「神武」も読むことを視野に入れておく必要があるでしょう。ちなみに、ナムジは話の橋渡しとして「神武」冒頭にも出てきます。今回のオススメはお気に入り作品にて星五つ。星つけ過ぎかな・・・?


【あらすじ】
●2世紀後半の倭の国。於投馬の地に異国の難破船が流れ着いた。ただ一人生き残った童は「ナムジ」と名づけられ育てられるが・・・。新たな解釈で古代ロマンを描く長編作。


【簡単コミックデータ】
2003/7現在、オニューの書籍が入手できるのは、中央公論新社の文庫版・コンビニ版の2タイプです。しかしどちらも、一般の書店で見かけることはまず無いでしょう。文庫版なら書店で注文すれば1ヶ月ほどで取り寄せ可能。コンビニ版は発売時期を逸すると店頭購入はまず不可能、AMAZONなどweb購入しか方法はありません。中古市場では初期の徳間書店刊ハードカバー版は、割と入手しやすいでしょう。新装版は出荷量が少なかったのか、あまり見かけることはありません。あっても傷みがひどいものが多いです。

㈱徳間書店 ハードカバー版 全5巻
サイズ:4/6判
補足:中古のみ流通 入手容易
(1)1989年08月31日:ISBN: 4194440269
(2)1990年01月31日:ISBN: 4194441346
(3)1990年08月31日:ISBN: 4194443381
(4)1991年03月31日:ISBN: 4194445031
(5)1991年11月30日:ISBN: 4194447190
㈱徳間書店 新装版 全5巻
アニメージュコミックスオリジナル
サイズ:B6
補足:中古のみ流通 入手ややムズ

(1)1994年05月20日:ISBN: 4197700059
(2)1994年05月20日:ISBN: 4197700067
(3)1994年05月20日:ISBN: 4197700075
(4)1994年05月20日:ISBN: 4197700083
(5)1994年05月20日:ISBN: 4197700091
中央公論新社 文庫版 全4巻
中公文庫 コミック版
サイズ:文庫版
補足:新品入手可能 中古入手容易

(1)1997年09月18日:ISBN: 4122029295
(2)1997年09月18日:ISBN: 4122029309
(3)1997年10月18日:ISBN: 4122029791
(4)1997年10月18日:ISBN: 4122029805
中央公論新社 コンビ二版 全4巻
ChukoコミックLite
サイズ:B6
補足:新品入手可能

(1)2003年06月12日:ISBN: 4124105711
(2)2003年07月10日:ISBN:412410572X
(3)2003年08月07日:ISBN: 4124105738

(4)2003年09月11日:ISBN: 4124105746


【関連リンク】古事記関連のリンク ちょい難しいからキツイかも

【余談】ナムジとはなんの関係も無い話ですが・・・

●どうでもいいことですが、文中のミニヴィネットとは、世界観を盛り込んだ小さなジオラマのことで、わざわざミニを付けミニヴィネットと言ったりします。

昔からお菓子についてくる、おまけの玩具にすぎなかったアイテムが、今ではより精巧につくられ、昔懐かしさに大人の間でヒット。そのブームを作ったのが食玩の雄「海洋堂」。最近ではより高額な商品化が進み、精巧化が進んではいるが、ブラインド販売などの弊害で一時の人気は収束しつつある。

何でまたヴィネットなんぞに興味を持ったのか?といいますと、たまたま読んだ雑誌で見たこのミニヴィネットが俺を食玩にハマらせました。

ミニヴィネット
K&M手塚治虫ミニヴィネット アンソロジー2 造形師:香川雅彦氏

写りが悪いんですが・・・近接撮影のピンボケとフラッシュで色が飛んでます(苦)。で、コレは手塚治虫氏著「どろろ」の一場面。この百鬼丸の闘う姿が昔読んだ漫画を思い出させました。直接見たらその出来の良さに驚きますよ。



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