安彦良和作品ガイド



鋼馬章伝

安彦良和 (著)

初出 ・角川書店/書き下ろし カドカワノベルズ

鋼馬章伝
鋼馬(ドルー)章伝〈1〉
.徳間デュアル文庫


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ジャンル
キーワード
・ヒロイックファンタジー&ちょいSF
・騎馬戦アクション
・神秘性
・LOVE
・成り上がり
オススメ度 ★★★★☆
出版データ詳細 出版データ詳細角川書店/カドカワノベルズ
出版データ詳細徳間書店/徳間デュアル文庫


●この作品は1988年に角川書店から出版されていました。現在角川版は絶版になり、古書でしか手にできませんでしたが、今回(ORIGINブームに乗ってか?)徳間書店から文庫版として14年ぶりに世に出回ることとなりました。

残念ながら、口絵のカラーページが3枚(角川版)から1枚に削減されていますが、徳間版は表紙と口絵については描きなおしが入っています。クラッシャージョウ・シリーズでも描きなおしが行われましたが、やはりこのところORIGINの仕事がメインのため、こういった1枚画の仕事をボチボチこなすパターンが多いようですね。できれば新しいカットを数点加えて欲しかったところです。

さて、この鋼馬章伝は「蒼い人の伝説」に続く3作目の小説です。物語は、
  • T ボナベナの騎士
  • U ザオの騎士王
  • V ガンゴトリの疾風
  • W ノルブの光輪
  • X クルガンの竜
以上の5部構成からなり、今までは1巻で完結していた物語とは打って変わって、安彦良和氏が、小説で初めて挑戦する壮大な長編作となっている。物語は荒廃した世紀末的な世界観と、中世的な世界+西部劇がミックスした一種不思議な雰囲気をかもし出す異世界が舞台。辺境の貧しい馬丁にすぎなかった主人公スークが、市場で鋼馬「ヴァロ」と出会ったことから始まる数奇な運命を描く、ヒロイック・ファンタジーである。

小説も3作目とあって、文章はかなりこなれて読みやすくなっています。もともと、こういった中世的世界観の物語が好きなこともあり、かなり楽しんで読むことができました。各章ごと、どれもスピーディーに物語が展開し、最後まで読者を飽きさせない趣向が凝らされており、伏線もマメに消化されていて、全編を通したプロットもちゃんと考えていることが伺えます。

この物語の起承転結の過程は、コミックでのデビュー作「アリオン」でも使用された技法に似ています。1〜3巻で主人公の苦難を乗り越えながら活躍する姿を描き、4巻で大きく物語が転じ、5巻で物語の総仕上げをする手法ですね。この手法は物語自体に起伏を持たせるとともに、読み手に「いったいどうなってしまうのか!?」と思わせ、長丁場の物語にググッと引き込む効果が生まれます。

スークの活躍とともに、どんどん出世していく姿が気に入っていた読者にとって、3巻後半から4巻にかけて結構つらい状況になってしまうかもしれませんが、個人的には4巻の比較的地味な話は結構好きです。グルームが太陽(バジャ)になるという伝説を目の当たりにするスークが、「グルームの再生」の意味と、その「力強い命の神秘」を言葉で理解するのではなく直感で感じとり、スーク自らも生まれ変わる=癒され再生されていくところ、そしてスークを導き癒す、預言者的位置付けになる「アミ・チリ」もまた、命の火を消すとともに新たな命の再生を暗示させており、命の営みの壮大さにグッとくるものがありました。

また、5巻「クルガンの竜」で物語は再びボナベナ帝国に舞台を戻し、ラストの収束に向かって一気に加速していく流れがエキサイティングです。新たな登場人物がここに来て多数出現し、果たしてどのように始末をつけるのか、一抹の不安がよぎるものの、スークが旗揚げして再起するシーンなどは、4巻での放浪と再生を経て、また一回り大きく成長したんだな(だよね?)という感慨と、スーク、キタ━━━(゚∀゚)━━━!!という今までの陰鬱感を吹き飛ばす爽快感が心地いい。後半ページ数の加減か、多少詰め込み感があったものの、上手くまとめ上げたと感じました。読後感もGOOD!

ただ苦言を申し上げるなら、全編を通してスークってツキ過ぎなんじゃないの?とも感じました。もちろん危険な目に散々見舞われて、片腕も壊死寸前になったりすることもあったわけですが、どちらかというと、スーク自身が知恵を絞って切り抜けるというよりも、ベーメが用立ててくれたり、アムル達が助けてくれたり、ヴァロの力で生き残ったりと、周囲の助力や時の運でピンチをすり抜けてる印象が強かった。

それから、周囲の登場人物たちほとんどが、スークに惹きつけられ一目置かれる存在になるのも、出来すぎ感が残る。それほど彼は魅力的な人物だっただろうか?どちらかというと、自己中&青臭さが鼻につくタイプで、個人的にはスーク(・∀・)イイ!といった陶酔状態には、なれなかったわけだが。

あと、もうひとつ不満だったのがエルロラのその後の扱いかな。てっきり後半再登場して力強い仲間になるものとばかり思ってましたが・・・、あの扱いは・・・最初からああいう役回りにするつもりだったんですかね。1巻の終わりの時にはそんなに帝国を恨んでいた素振りは見せていなかったようにも思うのだけど・・・もうすこし、いい役回りが与えられていれば・・・登場人物が多いだけに、自分の好きなキャラがアッサリ消されてしまったりすると、寂しいものが残りますね。

 さて話が変わりますが、この物語が書かれていた頃、安彦氏は同時に「ナムジ」を描かれています。鋼馬章伝を読んでいると、なぜか「ナムジ」を思い出してしまいます。馬丁からのし上がる部分から話が被ってたり、途中挫折するところ、再び新たな人生に踏み出すところといった大まかな構成部分など、似ている部分が多々あったためです。意図せず部分的な構成が被ったのだと思われますが、こういう部分が、安彦氏の、「似たような作品を書く作家」という風評が流れる原因なのかも知れません。まあ、私的には部分的に似ててもいいジャン?と思ってますが。どっちの作品も結果的に面白いしぃ、というのが結論なんですけどね。鋼馬章伝が気に入った人なら、多分ナムジも楽しんで読めるんじゃないでしょうか?

最後に、鋼馬について。鋼馬の秘密については結局最後まで語られず終いでした(ネタバレになるかな・・・)。 学者ドルジが遠い祖先が空からやって来て創ったなどと、仮説を唱えてはいましたが、これも仮説どまり。この物語はあくまで「スーク列伝」であり、鋼馬の謎は本編と関係ないし、謎めいて終わるのも作品としてありカモ・・・と思いますが、「蒼い人・・・」に続き、謎が謎のまま終わるというパターンで、少々消化不良気味な部分ではあります。

ちなみに、機械馬という設定自体は目新しいものではないですが、印象に残っているのは「ヴァンパイアハンターD」(菊池秀行:著)のサイボーグ馬程度でしょうか。天野喜孝のイラストが印象に強いので、まず閃くのがこの作品ですね。ただ、多数の機械馬が合戦を繰り広げるというパターンは鋼馬章伝で初めて読んだので、ある意味新鮮ではありました。

さて、今回の鋼馬章伝は★4つ。ちょうど文庫も出版されているところですし、容易に入手可能です。巧みに構成された物語の完成度も高く、中世世界観が好きな人にはオススメです。是非一度読んでみてください。

【あらすじ】

●辺境の片田舎アガルタ。貧しい馬丁だった17歳の青年スークは、ある日市場で鋼馬「ヴァロ」と運命の出会いを果たす。数奇な運命に翻弄されながら、数々の冒険を乗り越えスークは騎士として成長していく、若き英雄の物語。



【後章について】

スークが主人公である鋼馬章伝5巻の他に、後章として外伝が存在している。「ファンタジー王国U」に収録されていたが、これは鋼馬ヴァロが出てくるものの、スークの代から何代も後の話なので、まったく別物の短編だ。しかしながらスークの子孫も出てくるので完全な別物というわけでもない。

2003/6月に徳間書店から出版された「クルガンの竜」の巻末に「伝説の鋼馬」が掲載されています。イラストが抜きになっているものの、興味のある方は入手可能ですので読んでみてください。


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