安彦良和 (著) |
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●「蚤の王」は古事記シリーズ「ナムジ」「神武」の実質的な続編として位置付けられている作品です。が、古事記には”野見宿禰”伝承は記載されておらず、「日本書紀」からの記述をベースとしているので、純粋な古事記シリーズの続編とは言えないかも知れません。
野見宿禰は、当麻蹴速と日本最古の天覧相撲をとったことから、相撲の開祖として、現在墨田区の野見宿禰神社(明治17年建立)に力士の神様として祭られています。ちなみに最初の相撲記録は(ホントか嘘かはさておき)古事記に記述のある国譲りで、建御雷神と建御名方神との力比べで領土割譲を競ったとあります。 さて、この宿禰VS蹴速の天覧試合は、相撲といっても現在のような土がつけば負けといったやり方ではなく、足技、投げ技なんでもありのレスリングチックなもので、デスマッチ方式でどちらかが死ぬまで行われたものです。結局、蹴速は宿禰にアバラを折られて昇天してしまい、当麻の地は垂仁天皇に召し上げあれ、そのまま宿禰(初瀬の出雲族)に与えられることになります。物語は、遠祖を同じくする出雲族の二人が闘わされる裏について、そして父・蹴速や当麻の一族の仇を討たんとする、勇稚(イサチ)の復讐劇に焦点を置いて進行します。 しかし、物語はわずか6話で終わる為に、大きく展開することができなかったようです。それを反映するかのように、垂仁天皇の心変わりによる大団円は、(゜Д゜)ハァ?時の権力者たる垂仁が、そんなんで許しちゃうのかヨ?!と、やや強引な幕引きに戸惑うだろう。これが安彦節なんです、と言われればそれまでだけど、古事記の長大なエピソードや、原田氏ネタがバックグラウンドとなっていた「ナムジ」「神武」と比べて話がコンパクトな分、物語の深みが出なかったのは残念なところ。また、安彦漫画特有の監禁(主人公が捕まる)ネタも、これだけ使いまわされると、またですか?と読者がマンネリ感に陥るので、今後新たな物語の展開方法を期待したいものです。 苦言を申し上げましたが、物語そのものが詰まらなかったというわけではありません。結末の強引さを除けば、ストーリーの単純さの中にキャラクターの心の繊細な動きが描かれ、簡単ながら歴史のウンチク(安彦推論?)なども織り交ぜられ、うまく凝縮されてまとまっていると感じます。実のところ、物語がコンパクトになった分、登場人物が少なくなり、一人一人のキャラクターが表情豊かに描かれ妙なオーラを帯びているのが、この作品の一番の魅力ではないでしょうか? 長編物語には登場人物が多すぎて一人一人を細かく描きこめないマイナス点がありますが、コンパクトな物語ゆえ、うまくプラス効果が働いた作品と言えます。 個人的に妙に気を引くのが、垂仁の息子・誉津別(ホムツワケ)です。あのヌボ〜っとしたカンジがいいですね。特に仮面の男を追おうとするP.235右上のコマの表情がなんともいいなあ(見た人しかわからんコメントでスイマセン)、それに「むふぅ〜」というセリフが口癖の垂仁天皇の憎まれっ子的な表情や、キレた親バカ設定もいいカンジに物語を引き立てていますね。こういった登場人物の表情を描写する画風も全体に勢いがあって、筆の粗さの中にも画力が向上しているようにも感じました。 また、古典的なテーマである復讐劇も安彦節にまとめられていて好感が持てます。怒り・悲しみといった感情表現は人間の根本的な部分に直接訴えますから物語に感情移入がしやすくなる効果がありますよね。そういう意味では、もっと復讐者の心の動き、復讐までの過程に集中して描写してみると”凄まじさ”がにじみ出て良かったのかも知れません。しかしながら、イサチの捕まった時の表情(P.188)を見る限り、安彦系統のやんわりしたキャラクターには”凄まじさ”の描写自体あまり似合わないようにも思えますね。 さて、キャラクター達の生きいきとした表情の瑞々しさを語りましたが、セリフの中にも心に残るものがあります。特に宿禰が言う科白「恨みでも損得でもない気持ちがヒトを熱くすることもあると知ればよい。いや、そうありたいものだ・・・〜ひさかたぶりにひとの血が騒いだ、人心がついた・・・」のくだりが、冷静な中にも熱い魂は忘れない、という安彦節がみうけられ妙に心に残る言葉であったりするのです。 作品としてはやや尻切れ感が残る短編ですが、随所に見られる安彦節でファンなら(いや、ファンならずとも・・・)楽しめる内容です。歴史に関する物語との符号は、あとがきにも書かれているように、安彦氏の推論であり、専門家の考証を受けているわけではない。しかしながら、悪習であった殉死が埴輪に置き換えられるエピソード、野見宿禰が菅原道真につらなる系譜であり、奈良時代の終わりに菅原氏に姓を変えるまでに、野見氏=蚤氏・土師氏=恥氏と名前を嘲られてきた経緯など、面白いエピソードが見られ、興味深い作品に仕上がっていると言えます。さあ、あなたもこの作品を読んで熱くなってみませんか? 2003/08/10 shinji
【尻切れ感の謎】 ●この作品は今までのような描き下ろしではなく、講談社の「モーニング新マグナム増刊」NO,14〜20(NO,16休載)で連載されていました。この雑誌はNO,20で廃刊し、以後は「イブニング」という雑誌に切り替わります。「蚤の王」はマグナムの廃刊と運命を共にしたとも言えます。そのため、当初の構想を変更せざるを得なくなり、最終話で強引にまとめたと思われます。 思えば、今までの連載誌「アリオン」の月刊リュウは'85年頃に廃刊(少年キャプテンの母体になった)、「クルドの星」掲載誌の少年キャプテンも'96年に徳間の撤退で廃刊・・・、「ヴィナス戦記」「安東」の掲載誌コミック NORA(別冊アニメディアから派生)も'98年に学習研究社の撤退で廃刊。これ以外にも廃刊例はあるわけですが、安彦氏の連載した雑誌は見事なほど、ことごとくつぶれていきます。雑誌クラッシャーの称号をあげたいくらいですが、まあこれは雑誌社の問題で(書籍全般が売れない業況で、コミック雑誌はもっと売れないんだろう)、たまたまそういった雑誌でしか連載が出来なかった安彦氏の不運といえましょう。 【関連リンク】 ●グーグル検索:蚤の王141件、野見宿禰807件という結果でした。正直めぼしい関連サイトは見つからず。書籍リストとかそういうサイトが多かった・・・面白いサイトが見つかったら都度更新しますね。 【あらすじ】 ●第十一代 垂仁天皇の大和朝初期の時代。服従か死か、神武東征に起源する出雲族と日向族の服従と支配の暗闘は続く。「神武」で建角身(タケツノミ)が拓いた初瀬の里に住む野見の宿禰は、里人や家族を守るため、同じ出雲族の当麻の蹴速と、後に相撲の起源といわれる生死をかけた試合に挑む。だがこのデスマッチには当麻の地を手中にし、出雲族の力を削ごうとする日向族の陰謀が仕組まれていた。 【簡単コミックデータ】 ●2004/08現在、文庫版が新規購入可能です。講談社出版のA5サイズは絶版の模様。中古は共に流通しています。
【その他の作品】 ●古典的なテーマである「復讐」劇ですが、安彦作品以外に特に挙げるなら、三浦建太郎氏の「ベルセルク」でしょうか(現在は復讐から遠ざかっている展開ですけど)。物語途中までよく練られた構成と、魅力的なキャラクター達、そして鬼気迫る主人公の表情、手塚治虫の「どろろ」や、永井豪の「デビルマン」などに強く影響を受けている作品ですが、読み応え充分な物語です。内容が過激な部分がありますので、子供にはオススメできませんが、こういった作品と読み比べるのも面白いです。
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