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●意外に人気のあるこの作品。御大が長編「アリオン」完結後の合間に手がけた短編モノで、手軽に読め展開もコンパクトにまとまっている。ことの始まりは、「アリオン」映画化に先立ち、御大一行がイメージ・ハントの旅行をすることに決定したことから。「アリオン」と言えばギリシャが思い浮かぶ訳だが、それだけでは面白くない、目先を変えてエスニックな気分で行こうと、ギリシャの隣国トルコをコースに加えたのだ。トルコ旅行は御大一行にとって得るものが多かったようで、トルコの日本人贔屓に好感を持った御大は、何らかの形にしたいと、この「クルドの星」を書き上げたのである。つまり、この旅行がなければ「クルドの星」は生まれなかった可能性もあるのだ。 子供の頃、この「クルドの星」の第一話を雑誌で読んだ。「アリオン」終了後の最新作としてワクワクして読み始めたわけだが、なんだ・・・イマイチ盛り上がらねぇ〜なぁ・・・と、第一印象は良くなかった。冒頭の手紙の部分は「巨神ゴーグ」(1984年製作)の焼き直しか?と、思ったり、主人公が遥々母親に会いに行って抱擁する姿も、なんだかマザコンぽくて受け入れがたかった。その為、第二話以降を読まずいたのだが、年月を経て全話一気読みをしてみると、一時期もてはやされたハリウッドのジェットコースタームービー(古い言い方ですね)を意識したような、テンポの良い展開がなかなか心地良く、一気に読み終えることが出来る。 この物語、題名や序盤のストーリーから、中東の民族紛争を扱う深刻なストーリーだとばかり思い込んでいたのだが、さにあらず。序盤から民族紛争を離れ、突如SF?的な展開へと入り込み、読む者に「あれれ?!」と思わせる。どうやらこの物語は、民族紛争を描くことではなく、人類発祥の秘密を追うことが本題だったようだ。・・・んじゃあ、タイトルはどうなるんよ・・・? と、思ってしまうのだが、あまり深く考えないほうがいいのだろう。 スピード感あるストーリー展開、バイクチェイスや決闘、ゲリラ追討などのアクションシーンが次々と盛り込まれ、読者を飽きさせず最後まで引っ張る手腕は、さすが御大と思わせるのだが、個人的にはこの物語にのめり込むことは出来なかった。原因は、登場人物に感情移入できなかった点が大きい。 主人公ジローは、クルド族と日本人のハーフだが、その人生のほとんどを日本人として過ごしている。その彼が両親失踪の謎を知りたいという欲求があるにせよ、クルドの戦士としてゲリラ組織に参加してしまうのはオレの理解を超えている。また、ジローを助けるリラという少女もデミレルに強制連行されたとはいえ、そのままジローと行動を共にするのは(ジローに対する恋心もあるだろうが)よくわからない。 そして、クルド族のゲリラメンバー達も、ある日いきなり現われた族長の孫(ジロー)の我がままに付き合わされて、文句も言わずにアララト山までノコノコついてくるのもよくわからない。とどのつまり、登場人物達が意思決定する色んな場面で、それぞれの動機付けが非常に弱いという事が、この物語の最大の弱点ではないかと思う。ただし、理由付けをしすぎて冗長に陥ってしまう可能性もあるわけで、軽い短編をサラッと読ませるには、あえてそうする必要があったのかもしれない。 この物語は、結局多くの謎がハッキリしないまま最後を迎えるのだが、読後感は何故かサラッとしていて爽やかであり、悪くはない。あとがきにも述べられていたが、この作品を実際のクルド人に読ませたことがあるそうだ。クルド人はこの物語の中で格好よくトルコ軍と戦う、クルド人の姿に喜んだそうである。この物語はそもそもクルド人に対する応援歌でも、連帯の物語でもないのだが、はるか彼方の人々も、同じ本を読んで、アレコレと想いを馳せていると思うと少し不思議な気分になってくるものだ。 【あらすじ】 ●日本人とクルド人のハーフである主人公マナベ・ジローは、ある日長い間離れ離れになっていた母親から手紙を受け取り、はるばるトルコ、イスタンブールへとやってくる。しかし、彼を出迎えたのは名も知れぬ中年男(デミレル)だった。デミレルに言われるがまま、母親に会いに出かけた酒場で、彼は運命を変える事件に巻き込まれていくのだった。 【書籍データ】
【裏話】 ●登場人物のデミレル。彼のモデルはクルド人の敷物屋のオヤジらしい。なんでもヤス御大の旅行中、バザールで「ロバ・カバン」を売りつけられたのだとか。そのオヤジはなかなかのやり手らしく、日本人観光客を引っ掛けるのが上手いそうだ。ヤス御大はそのオヤジがお気に入りらしい。こういった裏話が聞けると、物語も違った楽しみが出てきますね。あ、ちなみに主人公のモデルはやっぱりカミーユ・・・(以下略 ![]() ![]() ![]() |