安彦良和作品ガイド

シアトル喧嘩エレジー

安彦良和 (著)/全1巻

書籍詳細データ 出版データ詳細

おすすめ度: ★★★☆☆



人生破れかぶれ!青春の彷徨

●「シアトル」というと、今ではマリナーズのイチロー&大魔人・佐々木を真っ先に連想してしまうのですが、1980年に執筆された当時では日本人が大リーグで活躍することなど、安彦先生は思いもしなかったことでしょう。

 この小説は、当時安彦先生が過労?で倒れた時に、入院中に何か出来ないものかと、したためたものに目をつけた徳間書店が出版したものですが、病床に伏せっていても仕事したい、というところに安彦先生の生真面目さ?がうかがえます。

さて、安彦先生が病床に倒れてまで書いた作品ではありますが、執筆当時が1980年ですので、今(2003年)から23年も前の作品になるわけです。しかも、1980年当事に安彦先生が想像した、1997年の架空未来が舞台であり、既に1997年を通り越して2003年を迎えてしまっている私が、この(過去になった)物語を読むというのは、いささか複雑な境地というか、少々戸惑いもあったわけですが、特に大きな違和感を感じること無く読めました。これはやはり、日本に生まれ育ち、シアトルのことをほとんど知らないから違和感をあまり感じないのであって、現地の人がこれを読んだら「何じゃこりゃ!?嘘ばっかじゃん!」と思うんでしょうね(笑)

読んで感じたことは、文章表現が素人くさいということ。これは、安彦先生が初めて書いた小説ということもあるのでしょうが、やたら括弧書きが付け足されていたり、古い言い回しが目立ち、文章がこなれていないので読みにくく感じました。(個人的に安彦小説で読みやすくなるのは「鋼馬伝シリーズ」くらいからと思っています)

また、主人公が前時代的でやたらキザなのも鼻につき、当時はそんな若者が格好良かったのかも知れないが、今の若者世代には受け入れにくいだろうなと感じる。読んでいると主人公「アキオ」の行き当たりばったりな無謀さと、チンピラと喧嘩を繰り返すボクサーになる前の「矢吹丈」(あしたのジョー)とがイメージ的にダブりました。そう、1960〜70年代頃の若造イメージなんスよね。もっとも安彦先生も、23年後になって自分の処女作を読む人間がいるとは、当時は思ってなかったでしょうし、未来永劫古臭さを感じさせない物語を書くというのも難しいものがあると思います。

物語は本の厚みの割にサクサクと読めてしまうので、半日もあれば読めてしまいます。私は巷の噂から、この作品は格闘小説系だとばかり思い込み期待していたのだけど、全然違いました。ほとんど試合の描写もないし、あっても緊迫感からは程遠いもので期待はずれ・・・。好きな格闘小説は夢枕獏氏(陰陽師でブレイクしましたね)の作品でいくつかあるのだけど、あの系統を安彦先生に期待するのは間違いだったかも・・・というか、そういう物語にするつもりがなかったんだろうな。

物語の中心が格闘よりも、思いもしなかったインディアン保留地の話がでてきたので、「んん〜???」と、なってしまいました。ンで、急に「保留地」と言われても、あんまり知識が無いのでネットで調べてみました。・・・結構インディアン保留地といっても数があるんですね。知りませんでした。今では保留地の話題なんて全然無いですもんね、興味もありませんでした。しかし・・・なぜに「保留地」なのでしょうか?、当時(1980年頃)には、話題だったのかな・・・??それとも、安彦先生が個人的に興味があったのかも知れませんが、意外性に驚きました。

私自身、最初はあまり重要視していなかった「保留地」の件が、やがて物語の鍵になります。主人公にとって、この「保留地」の事件は過去のトラウマであり、その後の破滅的、衝動的な行動の源となる。保留地でのボランティア活動で、自己満足に浸っていたアキオ、そんな彼を「残酷な現実」が襲うわけです。物語の後半になって、アキオは思う、保留地の事件以後、いや、それ以前から痛みも何も感じない夢の中にいたようだったと。

周囲の状況に流され続けた人生、受動的な今までの生き方に自身のアイデンテティを確立できずにいた彼は、格闘士としての彷徨の末、「能動的な自分」を見つけ出す。すべてのケリをつける為に、受動的な自身から「能動性」を発揮するアキオは、まさに生きいきと飛び出していく。・・・が、それでも後先考えない無鉄砲さは急には変わりはしない。彼はそんな自分に気づきながらも、再び新たな彷徨に旅立っていくのだ。

希望を残したラストシーンには、全体的に陰鬱だった物語を救う効果があったように思う。個人的には、登場人物の一人「ウスリイ」が、ラストに壁をぶち壊すシーンが印象に残りました。というのは、そのシーンが「カッコウの巣の上で」という映画で、インディアン系(だったと思う)の大男が壁をぶち破って脱獄する場面を思い起こさせたからです。

全体に文体がこなれていない点、主人公がキザでガキっぽい点など、鼻につく部分は多々ありますが、物語は面白く仕上がっていると思います。この物語の主人公には、著者の若かりし日の経験が多々反映されているようです。著者自身が経験し失ったものと引き換えに得たもの。「受身の人生より能動的な生き方」「自らの運命は自身で切り開く」という信条は、以後の作品でも描かれることになります。

安彦先生以外の作品で、破滅的な若者が彷徨の末、希望を見つけ出すという同様のテーマでオススメなのは、J・Dサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」でしょうか。完成度や陳腐化しないストーリーは今でもベストセラーとして読み継がれています。ここまでこの紹介文を読んでくださったアナタ!是非、手にとって読み比べてみてください。


【あらすじ】

●1997年のシアトルが舞台。闇賭博に関与した大学生アキオは見せしめのために放校処分に。捨て鉢になったアキオは自ら望んで放校処分のきっかけになった「格闘賭博」に身を投じていくが・・・。

【本の入手方法】

●絶版のため新品は入手不可能。古本を探すことになります。近所に古本屋があるなら探してみてもいいですが、ネットで探すほうが速いと思われます。現在の取引価格帯は状態にもよりますが300円〜1500円程度。



【シアトルリンク】




【補足】

●文中で紹介した作品・人名の補足情報●



「あしたのジョー」

あしたのジョー
あしたのジョー (1)講談社漫画文庫
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「カッコウの巣の上で」

(1975年/米) ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST


●カッコウは自分の卵を他の鳥の巣に産み付けていく。婦長の独裁的な体制にあるオレゴンの精神病院の中に入り込んだ異質な存在ランドル。破天荒な彼が引き起こすトラブルがやがて患者たちの意識を変えていくのだが・・・
カッコーの巣の上で ― スペシャル・エディション
カッコーの巣の上で
―...ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST

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1975年のアカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と、主要5部門を独占した名作。ランドル役のジャック・ニコルソン、ラチェッド婦長にはルイーズ・フレッチャーが、ランドルの親友チーフにはウィル・サンプソンが、ほかダニー・デビート、クリストファー・ロイドなど。監督は『アマデウス』の、チェコ出身ミロス・フォアマン。



「ライ麦畑でつかまえて」
   著者:J.D.サリンジャー


●現在、野崎版の出版後時間の経過が長いことから、村上春樹氏の手により再訳本が出版されました。
  • 1984年/5月
  • 出版社:白水社
  • 翻訳:野崎 孝
  • 新書:339P
  • サイズ:18cm
  • ISBN:4560070512
キャッチャー・イン・ザ・ライ

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