聖王子ククルカン 安彦良和 (著)
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■この小説は1993年に書き下ろしで刊行されています。ちょうどこの時期は「神武」「虹トロ」といった作品と同時進行で書かれているのでかなりハードスケジュールだったのでは?と思われます。 この作品は16世紀、財宝目当てのスペイン人に侵略され滅ぼされたマヤ文明(?)の最後の時期を描いた物語と思われます。しかし直接的にスペイン人に滅ぼされたのはアステカ文明で、その時期にはマヤ文明はすっかり衰退してしまっているのです(アステカよりマヤのほうが古い。そして16世紀初頭に栄えていたのはアステカ文明)。なのに、ククルカンのピラミッドとか、ティカルという地名は南東のマヤ文明の栄えた地ですから、なんか考えるとマヤ文明とアステカ文明がごっちゃになってよく分からなくなってきます。まあ、この物語自体フィクションだし、タルサヤという国を田舎という設定にしたのも、主流になったアステカ文明と、衰退したマヤ文明を反映したものだったのかも。現実世界とはかなり置き換えて創作されているので、そもそもマヤとかアステカに当てはめて考えるのが間違っているのかもしれません。 物語は、主人公ウニタが伝説のククルカンの再来として祭り上げられ、暗躍する謎の神官アー・ヤヌースや、侵略者ネストルと対決していくストーリーで、マリーナという女性を巡り展開していきます。全部で600ページ足らずの短い物語ながらコンパクトにまとめてはいますが、全体的にどことなく漂う既読感が否めなかった。運命的に選ばれ、英雄となる主人公。古代モノにつきものな生贄・祭壇シーン。外敵との戦い。数々の奇跡や仲間が主人公を救う展開。神がかりな力。愛する女を巡るトラブル。今まで読んだ安彦作品で目にしてきたエピソードばかり、それらをかき集めて舞台を変えて再編成したかのような内容で、特にコレは!といった、驚かされる仕掛けも伏線も見当たらなかった。 そういうことで、上巻に関しては特にハラハラ・ドキドキすることもなく、上巻後半のセノーテでの神がかり的脱出劇でウーン・・・そんなンありなんですか安先生!!とテンションが下がっていたのだが、下巻に移りアントニオやネストルが登場したあたりから面白くなってきた。アー・ヤヌース配下のジャガー団が襲ってくるあたりなんかは豹頭戦士の挿絵があって、どうしてもグイン(※栗本薫氏「グイン・サーガ」を指す)がいっぱい攻めてくるのを連想してしまって一人でウケテしまう。 登場人物は短いストーリーながらも非常にたくさん登場する。多すぎて賑やかではあったが、それぞれのキャラクターを存分に使い切れていない感はどうしても残る。ウニタの蹴球仲間だったヨールなんかは活躍するものと思っていたが、序盤早々に消えてしまうし、アントニオも中盤活躍するが終盤は影が薄い。バラムテは要所に出てくるが大して存在感があったわけでもなく、中盤までの宿敵アー・ヤヌースなんかは特に期待はずれなヤツだった。ウニタの邪魔ばっかして、虐殺を楽しみ庶民を翻弄して、お前は一体この世界で何がしたかったンかと・・・結局アッサリとウニタに負けてしまい、残念ながらたいした見せ場も無く、魅力のある悪役とはいえなかった。これはラスボスであるネストルが後に控えているため演出上しょうがなかったのかも知れないが・・・上巻口絵の怪しいヒスイ仮面の画が印象深かっただけに、アー・ヤヌースのヘタレっぷりが悔やまれる。 物語の結末については、スペイン人に侵略された歴史がバックにあるわけで、なんとなく主人公の最後が予想される展開だったのは辛かった。どうにも滅ぼされる文明に同情してしまい、終盤に向かうにつれ気分が暗くなってしまうわけだが、終章で再生を思わせるまとめ方にしたのは、どこか希望を残したかった作者の想いがあったのだろう、清々しく読み終えることができ読後感は悪くなかったように思う。安彦氏の小説作品はこの作品を最後に発表されていない。「シアトル喧嘩エレジー」の頃を思えば、格段に文章は読みやすくなった。物語を画で表現するのが氏には一番合っていると思うが、たまにこういったライトノベルで新作を読んでみたいこの頃だ。 2004/09/20 shinji
【あらすじ】 ●貧村の一青年にすぎなかったウニタは、秘鳥「ケツァル鳥」を見かけた日から激しい運命の渦に巻き込まれる。ククルカンの再来として邪神官アー・ヤヌースや侵略者ネストルとの対決を軸に語られるヒロイック・ファンタジー。 【簡単コミックデータ】 ●2004/09現在絶版。古本が流通しています。
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