安彦良和-WORLD WorkList-Comic 王道の狗
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01.王道の狗について■「王道の狗」は講談社刊「ミスターマガジン」という雑誌で、1998年から2000年にかけて連載された作品です。2000年(No,3)年明け早々に雑誌が休刊となり、この作品も雑誌と共に幕を閉じました。後に2004年11月に白泉社から追加エピソード&修正を付け加えた4巻編集バージョンが発売され話題を呼びました。なお、同時期の作品に「我が名はネロ」「マラヤ」があります。
初期の講談社バージョンは6巻構成、白泉社バージョンは4巻構成、一部カラー原稿も収録し、加筆されているため同じ作品でありながらやや印象は異なります。また、表紙イラストもこの機会に改めて描き直されました。4巻のカバー画は速射砲の射手周りがわからないので、横須賀まで「三笠」を見に行ったそうです(「ユリイカ」2007年9月号インタビュー記事) 現在新刊で入手可能なのは白泉社版。また、安彦氏自身の手で補完されていることもあり、白泉社バージョンが実質的な完全版と考えられるのではないでしょうか? 02.物語について■物語の舞台は明治22年(1889年)の北海道・上川、二人の壮士が脱獄する場面から始まる。当時、ロシアの進出に備える軍事目的で幹線道路(石狩道路・網走道路)を建設、工事進捗を急ぐため重罪監獄から多くの囚人がかり出されていた。未開の地を拓く工事は過酷を極め、脱獄するものも出たが、捕まれば残酷な処刑が待ち受けているのだった。
加納周助は大阪事件に関わり、押し込み・強盗傷害の罪で、風間一太郎は自由党員で密偵謀殺の共犯として、それぞれ収監されていたが、過酷で長い懲役期間に命を失うことを怖れ、共謀して脱獄したのだった。二人は対の鎖につながれ看守に追われながらも深い山間を逃げ延び、やがて幸運にも狩りを生業とするアイヌの男・ニシテに救われる。 ここでの見所は、山奥で熊に出会う二人のシーンでしょうか?ヤケクソになった二人がどう対処するのか?ここは二人の表情を含めて見て欲しいところ。また、加納と風間、顔はよく似た造形なんですが、性格はかなり違う。特に風間は弱音を吐く軟弱な男として描かれ、加納の足を引っ張る役になってしまっている(後々も加納の障害になる人物だが) 一方の加納は無口ながらも、風間を助ける配慮を見せつつ、生き延びようと真っ直ぐに突き進む。最初から二人を真逆な存在として描いている点が、後の展開を暗示しているようだ。逃亡の合間に描かれる加納の過去がどのようなものだったのか?数々のピンチを彼らがどうくぐり抜けるのか、ドキドキしつつ展開を楽しんで欲しい。 ■ニシテに連れられ訪れたコタンで、二人はそれぞれアイヌの名を手に入れる。加納はクワン(真っ直ぐ)、風間はキムイ(頭)。アイヌに成りすました二人は、そのままニシテについて湧別浜へと向かう。 毛皮や熊の胆を売るため向かった先は小売業を営む「マルナカ」。しかし、商品を受け取った店主は約束通りのお金を払おうとせず、逆にニシテに暴行を加えるのだった。その様子にキレタ加納は気負って止めに入るものの、多勢に無勢、返り討ちに。そんな時、彼らを救ったのが合気の達人「武田惣角」だった。 「虹色のトロツキー」でも描かれた合気道柔術、登場人物の植芝盛平は、この武田惣角の弟子。後日、加納も彼の弟子(?)になり、物語を盛り上げるアクション要素となる。虹トロの植芝盛平も変わり者だったが、こちらの武田惣角もかなり変わり者として描かれている。 しかし、惣角のアクションシーンはなんというか、ちょっとギャグっぽく描いているのでしょうかね?ほとんど身動きせずに、相手がポンポン飛んだり、集団で体が絡まったり・・・あんたは超人か手品師か・・・、そのあたりの表現はリアリティ薄いのでいかがなものか?と思ってしまう部分も。 武田惣角・・・万延元年(1860年)福島県会津坂下町生まれ。大東流合気柔術中興の祖といわれる。幼少の頃から小野派一刀流剣術、角力、槍術、棒術等を学び、明治6年に直心影流・榊原健吉に内弟子として入門。明治13年(20歳)には元会津藩家老の保科近悳から、大東流合気柔術を伝授。門下生で唯一免許皆伝は久琢磨であり、教授代理を許された者の一人に植芝盛平がいた。 ■ひょんなことから武田惣角と知り合った3人だが、徳弘正輝のところへ行くというニシテの言葉に興味を引かれた惣角は彼らに同行することに。徳弘は開拓農民として土佐からやってきた元士族だった。その夜は客人として徳弘農場に泊まることになった4人だが、「マルナカ」に雇われた地元のヤクザに襲撃を受ける。ここで惣角が超人的活躍。濡れタオル一本(笑)で銃を持った集団を相手します。流石、大東流。ここでは惣角のアクションを素直に楽しむべきかな。 ■その後も、徳弘農場に滞在する4人。ある日、加納は縁側で読みかけの新聞を見かける。「東雲新聞」(中江兆民主筆)明治22年2月のものだったが、そこには帝国憲法発布よる大赦、そして大井憲太郎・景山英子ら大阪事件にかかわった人物が凱旋したという記事が載っていたのだった。記事の内容に愕然とする加納だが、その様子を徳弘に見られてしまう。アイヌ人ではないと見破られた加納は追い詰められるが・・・。 ここでは記事を読んだ加納の驚き、憤りと後悔の入り交じった表情を見て欲しい。ここでは大井らとの関係などハッキリとした事情は見えないのだが、その理由がやがて加納自身の追憶から徐々に語られてゆき、この時の心境がじんわりと慮られるのだ。 しかし、徳弘の旦那は良いやつだな、全てを知った上で二人を匿う心の広さ、アイヌも和人も分け隔てなく農業を教える姿、そして政治を憂いつつも、一人一人の力でも世に尽くそうという姿勢に加納も感銘を受ける。後の加納の「王道」への姿勢も、徳弘の言う「民の生活を良くし、生きることの心配も、弔いの心配もいらぬようにしてやるのが王道に立つ政治の手始め」という「孟子」の言葉から来ているのかも知れない。 ■しばしの平穏な日々を過ごす加納たちだったが、ある日、ニシテの想い人「チヨ」が父親の借金のカタに売られてしまう。売られた娘の末路をよく知るニシテは我を失って彼女を追うが、港でトラブルを起こし捕まってしまう。 そんな様子を遠くから見るしかない加納。かつて自分を窮地から救ってくれた恩人を、加納は助けることすら出来ない。今の彼に出来ることは、心の中でニシテに許しを請うことだけだった。もはや表の世界でまともに生きてゆくことが許されない加納、しかし、裏道でもいいから天下の「王道」を生きていきたいと願う彼は、その力を得るために惣角の弟子になることを願い出るのだった。 序盤で一番感情が高ぶるシーン、アイヌ人というだけで和人に差別を受ける理不尽さ、力も金もないものが一方的に搾取され利用される世界、アイヌコタンの婆さんの涙、ニシテの叫び、衰退してゆくアイヌの人々の悲哀、いろいろな情景が蘇り読み手の心を揺さぶる。 そして、その揺さぶりはもう一人の力なき者、表の世界を歩くことが許されない逃亡者である加納の心情にもシンクロしてゆく。金も力も何も持たない彼には、せめて物理的な力、ここでは惣角の「柔術」になるのだが、それを得ようとする。 彼の中の敗北感・喪失感を、「柔術」という力を得ることで埋めることができるのだろうか? 読み手としては少し「はあ?なんで柔術?」的な部分が無きにしもあらずなのですが、まあそういう生き方も有りなのかな?と、ここは納得しておきたい。 ■惣角の一方的な手ほどきを受け、実践を通じながら合気を体得しつつある加納。そんなある日、湧別に二人の男が現れる。財部という山師、そしてもう一人は飯塚森蔵・・・飯塚はかつて加納とともに秩父事件に関わった人物だった。 驚きとともに、加納の脳裏にはかつての記憶が蘇る。秩父事件から大阪事件へとつながる一連の過去、空虚な言葉に踊らされる無知なる若者、まだ疑うことを知らない理想に燃える加納の姿がそこにあった・・・。 いよいよ加納の過去が語られる、何故彼は全てを失うことになったのか? ここでは「虹色のトロツキー」の時のように、かなり細々とした状況説明文がつくので、読み手としては苦しくなる部分でもある。が、ここは我慢して読んでおきたい。ここでの背景を理解しておかないと、後の展開の面白味が半減してしまう(というか、わからなくなると思うが) 後半は加納の気持ちに入り込んで是非読み込んでくださいね。 ・・・長くなったので、2巻以降解説はページを改めて。 ■余談ですが、同じく北海道を舞台にした開拓時代の物語があります。手塚治虫氏の「シュマリ (1) (手塚治虫漫画全集 (97))」がそれ。「王道の狗」で序盤のアイヌの話を読んだとき、この作品を思い出しました。
「シュマリ」の主人公は破天荒でワイルドなオヤジ、物語の展開も結構ダイナミックで、しかも人間関係ドロドロな物語なんですけども、ストーリーはかなり面白いです。「王道の狗」とはまた違ったドラマなので、こちらの作品と読み比べるのもいいかも。 2007-09-23 shinji
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