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王道の狗
In the Shadow of Justice
安彦良和(著)

初出 講談社 ミスターマガジン連載
[白泉社版]
■第一巻 1998年No,01~No,13掲載
■第二巻 1998年No,14~No,24 1999年No,01~No,03掲載
■第三巻 1999年No,04~No,07 第31話描き下ろし 1999年No,08~No,12・14~16掲載
■第四巻 1999年No,17~No,23 第47話描き下ろし 1999年No,24・2000年No,01~No,03掲載
オススメ度 オススメ! ★★★★★
出版データ詳細 出版データへ講談社/ミスターマガジンKCDX版
出版データへ白泉社/ジェッツコミックス版
仁に欠け義に欠ける徒は
王道を往く資格なし!

01.李鴻章との密談

白泉社版、第四巻では第47話「勃発」が追加エピソードが加わり、その他にも講談社版から若干の加筆修正が入っています。表紙は講談社版五巻(片目を閉じているパターン)をベースに改めて描き直しされており、この速射砲を描くために、横須賀まで「三笠」を見に行ったという話も。

新章では、勝海舟から与えられた船[あじあ丸]に乗る貫(加納)は、上海にて三合会(中国の秘密結社、天地会の異称。満州族の王朝清の打倒、明朝の復活を目論む)に加わり、大陸で活動するための人脈作りを図る一方、貿易による資金集めと、清(李鴻章・袁世凱等)の動静をうかがうのだった。

クローズアップ前巻後半で風間との決着後、物語は新たな展開に突入。いきなり場面がチャイナ・チックなシーンへと切り替わるので、面食らう読者が続出するのではないでしょうか?私も冒頭で杯を交わしているのが加納だと気づくのに多少時間がかかりました。劇中ではしばらく時間が経過した模様。髪型や服装も新たに、支那での活動が始まります。

黄海で袁世凱の私兵を送る条約違反の船を撃破した貫。しかしこの件で、[あじあ丸]は清の戦艦[定遠]に臨検を受ける。拘留された貫は[定遠]に連行され劉総兵の尋問を受けることになるが、その船に居合わせたのが誰あろう「李鴻章」だったのである。勝海舟の親書を持っての拝謁でも会うことが叶わなかった相手に、思わぬところで出会った貫は色めきだつ。
李鴻章(り こうしょう・1823年2月15日- 1901年11月7日)・・・中国清代の政治家。太平天国討伐に功績を上げ、1870年直隷総督に就任。北洋大臣も兼ねた為淮軍は北洋軍と呼ばれるようになった。その後、清の最高為政者として西太后の信任を得て清の洋務運動に尽力。日清戦争の敗北後、下関条約では全権大使となり、調印を行った。

中国一の実力者、李鴻章を前にして貫は語る、朝鮮の支配権を巡っての戦いは、どちらの言い分に立つにせよ「不義の戦争」であり、アジアの隣邦同士で争うべきではないと。そして朝鮮の改革(近代化と真の独立による内政安定)と、その指導者とするべく「金玉均」に力を貸して欲しいと願い出る。その申し出を聞き入れた李鴻章は「金玉均」と会ってもいいと貫に答えるが、その真意は・・・。

クローズアップ新章から俄然ストーリーが盛り上がります。物語のスケールが大きくなったせいでしょうか?大物政治家が次々登場し、それぞれの策謀と偶然が複雑に絡み合いながら、時代が紡がれてゆくダイナミックさに(歴史の時系列は年表で知っていても)、ドキドキしちゃいますね。李鴻章と話をつけたと喜々とする貫と、一方で「青いのぅ~」と貫を笑う李鴻章との温度差、ああ、このドロドロした感覚が良いですね。

02.永久の別れ

李鴻章との交渉を手土産に日本へ舞い戻る貫。金玉均に会いに出向く道すがら、「大阪事件」の景山と思わぬ再会をする。そして彼女に連れられた演説会場では、あの大井憲太郎が演説をぶちあげていたのだった。貫の脳裏を過ぎるかつての裏切りの記憶・・・この虚ろな煽動で一体どれだけの人が不幸になったのか!貫の静かな怒りが爆発する。

クローズアップ貫が壇上に上がっての一悶着はちょっと無理があるかも(苦笑) 普通ノンビリ上がっていく前に取り押さえられるでしょうね。しかし、今までの加納の境遇と、自分は安全圏にいて人々を煽動するばかりの大井の行動を思うと、読者としても怒りが沸いてきます。

しかし、平手打ちとはいえ暴力で返すのはいかがなモノかと思いますが、まあ、万分の一でも一連の事件で人生を失った者達の痛みを知れ!となる気持ちは理解できるし、読んでてスカッとはしますけどね。ここらでちょっと気になるのは、貫がちょっと格好つけすぎなところでしょうかね。

その後、金玉均とすれ違いになった貫。既に金は李鴻章の招きで上海へと旅立っていた。会談の場所が天津から上海へ変わったことを不審がる貫だが、そこに閔妃からの刺客が飛び込んでくる。この刺客によって貫は「金玉均」が李鴻章の罠に嵌められたと直感する。金を救うためひたすら船を追う貫、果たして彼を助けることが出来るのか?

クローズアップ物語はいよいよ佳境へ。理想の実現のため、金玉均の力になろうとした貫だったが、結果的に彼を李鴻章の罠に嵌めてしまう結果に・・・。金を追う貫、そしてその裏をかく李鴻章の手の者、貫の怒り、焦燥、後悔と自責の想いが読み手の気持ちを盛り上げます。そして悔しさにじませる延次郎との再会に胸が熱くなる。このあたりがこの物語一番の見所ではないでしょうか?延次郎の「ない!・・・ない!」と叫ぶ表情(P.96)が心に残りますね。

03.復讐に燃ゆ

李鴻章のやり口に怒りをたぎらせる貫は、李鴻章と清国を叩きつぶすと決意する。一方、この一件を裏で糸を引く陸奥は、更にこの事件でいきり立つ玄洋社幹部らを利用して、清国との開戦を目論んでいた。陸奥の思惑は不平等条約を改正するためにはアジアで強国であることを示す必要があり、そのために清国と事を構えようというもの。こうして日本は「富国強兵」路線へと大きく舵を切っていく。

陸奥の示す「覇道」への道に対して、「王道」を目指す貫はどう闘うのか?貫は、朝鮮へと渡り全羅道・扶安へ訪れていた。ここでは東学党の乱が今まさに勃発していたのである。東学党の指導者、全琫準(チヨンボウジュン)に接触し、最新式の武器を提供する貫、彼の目的は東学党の乱を支援し、朝鮮の改革を進めること、つまり金玉均の夢を継ごうというものだった。

勢いづく東学党は閔氏政府軍を圧倒し、全州を陥落させようとしていた。一方で陸奥はこの状況を利して、閔氏が清に支援要請するのを待ちわびていた。清国が朝鮮へ派兵すれば同時に日本も派兵を行う、それも清国に倍する兵力を持って。

このままでは東学党の乱が日清戦争の引き金になってしまう・・・、貫は血気に盛る全琫準を諫め、政府と和することを勧める。朝鮮の争乱は休止し、日清両国の武力衝突を寸前で回避したかに見えたが、陸奥・川上は止まらなかった。全州和約を無視して増派を強行、大院君をも利用して強引に開戦工作を行ったのだった。

クローズアップもはや貫の力では止められない陸奥の工作。動き出した歴史の歯車は止められないのか?李鴻章、そして陸奥との決着は・・・?貫の復讐はまだ終わらない、しかしその先にある結末は・・・この先は皆さんの目で確かめて欲しい。

「国の利益や、民族の都合を超えた正しい道があることを、おまえは信じているか?」「もちろん」全琫準の問いに迷うことなく答える貫、彼の行く道は困難な茨の道だ、たくさんの間違いもあったけれど、しかし、自身が正しいと信じる道を突き進むことを最後まで貫いた。ちょっと最後のほうはサイコの入ったテロっぽい行動にかなり引く部分もあるが、彼の意思を持った強い生き方にはある種の感動を覚えた。

さてこの物語、安彦氏が巻末後書きでも一番気に入っている作品と話す通り、コンパクトにまとまり、非常にエキサイティングな展開で楽しめました。最後の終わり方にはファンの間でも賛否両論があるようですが、私自身は良い終わり方だったと思っています。非皆さんもアジアの風を感じつつ、この物語を読み解いてみて欲しい。この作品、このサイトでは一押しのオススメです!

余談だが、恵州蜂起では「山田良政」という日本人が亡くなっている。この人物を加納のモデルにしたのか、最終的に恵州蜂起の場面のみリンクさせたのか定かではないが、一時これが話題になり「愛知大学主催フォーラム」での講演にもつながっているとのこと。(愛知大学東亜同文書院ブックレット参照)

2007-10-07 shinji
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